分子動力学の手法と道具

1.分子動力学の手法

「イオン性ソフトマター」やマイクロ波と物質の相互作用を
計算機シミュレーションを用いて研究する場合、着目する
現象に応じて、古典力学の ニュートン運動方程式、または
量子力学に立脚した 第一原理分子動力学を使用します。
前者は宇宙の星の運動から原子のサイズであるナノメーター
(1億分の10cm)スケールまでの巨挙現象を扱え、後者はそれ
以下のスケールで起きる原子どうしが重なる(原子内電荷が
関与する)ミクロの世界を扱います。

電気力は重力と同じく長距離力ですが、その一方で、ソフト
マターでは原子の接近による衝突 (近接相互作用)が頻繁に
起きます。このために、静電気力の近距離成分は全ての荷電粒子
のペアごとに正確に計算します。従って扱う粒子の個数がN個で
あれば、ほぼ (N x N/2)対の演算が計算機シミュレーションの
毎ステップで行われます。たとえば、Nを1000個、タイムステップ
数を(少なくとも)10万ステップとすると、約1000億回の演算が
行われることになり、このため高速の計算機が必要です。

古典的な場合、電場の周期性(結晶で顕著)を正しく扱う
ためエバルト(Ewald)和を計算しますが、方程式自体は簡単です。
これと対照的に、第一原理(Ab initio)分子動力学ではシュレ
ディンガー (Schroedinger)方程式から導かれる電荷密度の
方程式を解くので、解法は数学的技法を含めてかなり複雑に
なります。


2.PCクラスター計算機

上で述べたように、分子動力学シミュレーションは大きな演算
能力の計算機が必要で、以前はスーパーコンピュータの独壇場
でした。しかし、現在では比較的安価なPCで構成されるPCマシン
が、演算性能においてスーパーコンピュータに迫っており 、シミュ
レーションコードの並列性を上手に処理すれば、PCクラスターは
低コストで非常に魅力ある高性能計算機となります。

>>参考文献
1)
GAMMA Projecct GAMMA Cluster Machine
2)
研究室専用クラスター計算機 物理学会誌59巻 (2004)


2001年夏以来、いくつかのプロセッサを導入してPCクラスター
計算機
を構成してきました。それらは順にPentium III 1GHz、
Xeon 2.4GHz Dual core, Pentium 4 3.0GHz、そしてここ数年は
Opteron 2.8GHz (HP DL385システム)です。

はじめは、16台のプロセッサを並列動作させるPentium IIIの
SMP構成でした。必要な部品を集め、組み立て作業は慣れてくると、
1ケース(2CPU)あたり1時間程度の時間で部品を組み込むことが
できます。その後Dual coreのXeonを導入しましたが、通信負荷が
大きい楕円型方程式の実空間解法では2つのコアによるバスの共有
のため十分な演算性能がでませんでした。
  
最近はCPU、マザーボードなどの信頼性を重視して、品質が
安定した量産メーカーのワークステーションやサーバーモデルを
購入しています(メーカーによる組み立て後の高負荷テストは
製品の信頼性にとって大切です)。

OSとしては Linuxをインストールして基本動作を確認します。
Windows製品と異なりコマンドを直接タイプして指示を与えますが、
慣れるとアイコンのクリック操作と違い自在にシステムを操作
できるようになります(テキストエディター、コマンド、ファイル
システムの構成など、Linux特有の考え方と操作法を解説した本を
1冊は勉強することを勧めます)。
  
どのLinuxを選ぶかは好みによるところが大きいですが、私は
SuSE Linux (Enterprise Server) を使用しています。その次に、
(PGI)Fortranと、プロセッサ間通信のために MPICH をインストール
します。プロセッサどうしは、内部はGigabitで、外部に向けては
ファイアーウォールをセットしたLANで相互に接続します。
  
その後の研究で、クラスター計算機の演算性能は通信機構に
大きく依存することがわかりました。通信待ち時間(Latency)が
大幅に短縮できるソフトウェア(GAMMA)またはハードウェア(例と
してInfiniBand)を用いることで、性能はTCP/IPに比べて約2倍に
なります。

このクラスター計算機は、我々の分子動力学シミュレーション
法を用いた物質科学の研究で大いに活躍しています。
 

[今では 6--12 coreのマルチコア・マシンが普通です。
2018年では、3.0GHz/6 coreのWindowsマシンを転用したLinux
マシンを使いました。オペレーティングシステムとしては、
CentOS 7(2024年に廃止), 2022年からは openSuSE Leap 15 の
無料のOSを使っています。大きなSupercomputer向けのテスト
ラン用です。]





First hand-made cluster of Pentium-III, and second
Opteron 2.8GHz cluster with InfiniBand communication
hardware

Boewulf PC cluster: How to make and use it (summary)

Our Boewulf PC cluster (report)

Xeonプロセッサの導入と使用上の問題点 May 2003

PC cluster with Pentium 4 - its performance Oct. 2003

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