谷川岳 芝倉沢へ

 秋の6,7歳のころ, ロープウェイを使い, 谷川岳の天神尾根
に家族で登った。晴れから午後曇りに変わったが, 急な
尾根を登り, 小雨のなか午後3時ころ谷川岳肩の小屋に
着いた。天気は霧で寒かったが, 夕食は質素であるようで,
すぐに同じ道を下山することになった。尾根を下っていったが,
ロープウェイの最終には間に合わず, 水上温泉方向に降りて
行った。今考えると無謀な行動であるが, 調べると谷川温泉-
保登野沢コースで, 今は荒れており健脚向きである。
日がとっぷり暮れた6時すぎ, 1軒だけの谷川温泉に着いた
が宿泊を断られた。今で言う老舗旅館である。幸運にも
タクシーが脇にいたので, 水上駅へと向った。徒歩では
20分くらいである。

 土合駅の下り線が地下深くにできた (1967年秋) あとの
高校山岳部のときである。マチガ沢新道出合い近くにテント
を設営した。芝倉沢の1 kmほど上流の雪渓でピッケルを用いた
雪技訓練であった。4月下旬の行事であり, 雪の頂上に登る
ことは考えていなかった。3年目は準OBで, 雪渓のほかに,
白毛門を目指した。積雪が結構あったがクマザサの静かな道
であった。 風が当たるピークの手前で中止で引き返したした。
30余年後の5月後半に残雪期奥穂高岳に単独で登頂したが,
雪の経験があったので。

 マチガ沢の新道出合いから西黒尾根に入り, 谷川岳を
目指した大学生の一人旅だった。強い雨で電車が一時止まり,
夜になって土合山荘に泊まった。2日目は晴れで, 沢沿いに
歩き, 中ほどで尾根道に合流して, 岩稜風の道を登った。
何カ所かにロープが張られていたが, 天気がよく爽快だった。
午後3時ころに肩の小屋に着いて素泊まり。晩の御飯は
アルファ米チャーハンで済ました。
 3日目は霧で, オキの耳の頂上に立った。岩稜線を注意深く
歩いて, 一ノ倉岳に着いた。眼下を見下ろせる場所があり,
すぐ横には3畳の避難小屋があった。悪場を過ぎて, 茂倉岳
のあたりに来ると霧がゆっくり消え, 雨上がりの7月(9時?) の
斜光に北向きに歩く後光が射していた。 ハクサンイチゲ(白),
シラネアオイ(紫), そしてシャクナゲ, まばゆい黄色の植物。
西に茂倉新道を行き, 土樽駅へ下山した。下り時間は山渓では
3時間となっている。

 最後は, 熊谷の研究所で話をした2005年の秋だった。
PCと資料, 山道具が重かった。翌日は湯檜曽川に沿い
新道を歩き, マチガ沢から先がよい気候だった。一ノ倉沢
出会に着き, 暑い快晴であり, 遙か上にはクライマーが
登る姿が見えた。新道に沿う秋の日であり, 幽の沢や
芝倉沢は道が大きく巻いていた。旧道のほうへ下って
行くと, 静かな電力会社の見張り小屋があった。夏や冬
に仕事があるだろう。奥には上信越国境の稜線の一部が
見えた。河原に出て, 湯檜曽川沿いに下って行った。
夕刻の白毛門や笠ヶ岳が静かに鎮座していた。

2005 Fall, Fuji Provia 100F、Canon EOS3 28-135 mm





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土合駅下り線を発車する電車

土合駅上り線の駅舎 

夕刻の笠ヶ岳と白毛門。上り午後は12:41, 14:33, 15:33, 18:19。.
午後3時半の電車に乗って湯檜曾川を後にした

交差している北西へ進む旧道と上の道へ戻る新道

芝倉沢手前の芝倉沢見張所

積んである材木は冬の暖房用と思われる, 上は新道

芝倉沢手前の中腹を巻き道を行く。林道は清水峠を越えた先が終点。

新道から見げた一ノ倉沢と右上の一ノ倉岳頂上

地上へは462段, 10分の上り

湯檜曾川の中流で

静かな旧道を行く

新道を芝倉沢へ向かって

新道を一ノ倉沢へ行く

JRは清水トンネルへ,右上で湯檜曽川を渡り上流へ散策

土合口のロープウェイ乗り場

マチガ沢と一ノ倉沢の間からの朝日岳(左),
笠ヶ岳と白毛門
(右)新道は川より高いところ
を行く

朝の土合